流体解析の基礎講座
ソフトウェア・ハードウェアの急速な進歩に伴い、設計・開発を取り巻く環境は近年大きく変わりつつあります。2次元で描いていた図面は3次元で描くようになり、 CAE(Computer Aided Engineering) が活用される機会が多くなってきました。このような流れの中で、これまでは解析専任者のみが使用していた 熱流体解析 (Computational Fluid Dynamics: CFD)ソフトウェアを設計者などの解析専任者ではない人が使用するケースも増えています。この状況は技術者のスキルの1つとして熱流体解析が求められていることを表しているともいえます。ところが、これから熱流体解析を始めようとする人の中には、多忙な業務の合間に 流体力学 やCFDの分野に見られる難解な理論や専門用語を理解することが難しく、なかなか使いこなせるところまで到達できないという方もいらっしゃると思います。そこで、この連載では熱流体解析をこれから始める方、もしくは始めて間もない方を対象に、熱流体解析を行う上で基本となる内容についてご紹介していきたいと思います。
コンテンツの作成にあたっては難しい表現や式の記述をできるだけ避け、感覚で理解しやすいように努めました。本連載が皆さまの業務にとって有益な情報となりましたら幸いです。
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1.1 熱流体が関わる現象,1.2 熱流体解析の利点と注意点
第1章 熱流体解析とは
第1章では流体や熱の移動が関係する現象と熱流体解析を行うことの利点や欠点について、ご紹介したいと思います。
1.1 熱流体が関わる現象
常温における空気や水は、明確な形を持たずに流れるという性質を持っています。このように流れる性質を持っているものを総称して 流体 と呼びます。
地球上には空気や水に代表される様々な流体が存在しており、身の回りで観察される多くの現象に流体の 流れ や 熱 の移動が関係しています。
例えば、自動車や航空機においては、車体や機体の周りを空気がどのように流れるかということが性能に大きく影響します。電子機器や電気回路の設計においては、部品の許容 温度 範囲を超えないためにより熱を逃がしやすい設計を行うことが重要になります。また、空調設備の設計や高層建築物の周囲に生じるビル風、ヒートアイランド現象などにおいても空気や熱の流れを把握することが快適な環境づくりのために重要となります。
このように流体の流れや熱の移動という現象は、私たちの生活全般と深い関わりがあり、これらの現象を理解することが極めて重要なテーマとなっています。
1.2 熱流体解析の利点と注意点
前節で挙げた様々な現象について実験を行った場合、得られる情報は実現象そのものとなります。そのため、情報の信頼性は非常に高くなります。しかし、実験を行うためには多大な費用や時間、労力が必要となります。
このような問題を解決するためのツールの1つが 熱流体解析ソフトウェア です。熱流体解析はこの技術全般を指す学問である 数値流体力学 (Computational Fluid Dynamics)の頭文字を取って CFD とも呼ばれます。
熱流体解析ソフトウェアでは、流体の流れや熱の移動をコンピュータ上でシミュレーションすることが可能です。近年では解析技術やコンピュータの性能向上により、解析結果を実際の設計に生かすことも可能となってきました。熱流体解析を行う利点として以下のようなことが挙げられます。- 試作品を作らずに様々な条件における検討が行え、開発期間の短縮や試作コストの削減を図れます。
- 実験による測定が難しい場合や、実験そのものが困難な場合にも詳細なデータを得ることができます。
- イメージしづらい流れや熱の動きを視覚的に表現でき、感覚に頼らない合理的な説明を行うための手段として利用できます。
以下に熱流体解析の例をいくつか示します。
図1.3 熱流体解析の例
このように熱流体解析は魅力的な特徴を備えていますが、その反面、いくつかの欠点も持ち合わせています。例えば、複雑な物理現象を計算する際に現象を単純化した物理モデルを使用した場合、あるいは解析対象物の形状を簡略化した場合にはモデル化に伴う 誤差 が含まれます。また、コンピュータで数値計算を行うと必ず計算誤差の影響も含まれます。
こういった熱流体解析の利点と欠点を十分に理解し、得られた計算結果が物理的に矛盾したものではないかどうかということを常に吟味しながらソフトウェアを使っていくことがとても重要になります。 -
2.1 密度,2.2 粘性係数
第2章 物質の性質 (1)
第2章では 熱流体解析 で使用する 物性値 の意味について説明します。物性値とは物質が持っている性質をある尺度に基づいて数値で示したものです。解析を行う際には、物性値を設定することによって、解析対象が空気なのか水なのかといったことを反映させます。それぞれの数値が大きい場合、小さい場合に物質はどのような性質を持っているのかということをイメージしながら読んでみてください。なお、すべての単位は SI単位系 に準じています。
2.1 密度
密度 とは物質の単位体積あたりの質量のことで、単位は [kg/m3] です。
鉄と発泡スチロールを例に取ってみると、同じ大きさであっても質量は大きく異なることが想像できると思います。この違いは2つの物質の密度が異なることによるものです(発泡スチロールの密度はおよそ 30 kg/m3であるのに対し、鉄の密度は 7,870 kg/m3にもなります)。
なお、普段の生活ではあまり意識することはありませんが、空気にも質量が存在し、1 気圧、20℃ における乾燥空気の密度は約 1.206 kg/m3 となります。それに対して水の密度は 998.2 kg/m3 にもなります。同じ速さで動くビーチボールとボウリングの球を比べると、重いボウリングの球のほうがより大きな力を与えられます。このことからもイメージできるように、空気と水が同じ速度で流れた場合には、密度が大きい水のほうが物体に与える力が大きくなります。
2.2 粘性係数流体 特有の性質として 粘性 があります。例えば、水と水あめをそれぞれかき混ぜると、水あめをかき混ぜるときのほうがより大きな力が必要となります。これは水あめの粘り気が水よりも強いためです。このことを粘性が大きいといいます。粘性の大きさは 粘性係数 という物性値によって表され、単位には [Pa・s] が用いられます。
粘性には 流れ を均一にしようとする作用があります。例えば、バケツの水をかき混ぜるのを止めると、時間が経つにつれて流れは遅くなっていきます。これは水が静止しているバケツの内面に引っぱられることによって、バケツの内面に近いところから順に減速していくためです。
また、流れに対する粘性の影響を考えるときには流体の密度を考える必要があります。これは軽い流体ほど粘性の影響を受けやすく、逆に重い流体はその影響を受けにくいためです。この影響の度合いを表した物性値は 動粘性係数 と呼ばれ、粘性係数を流体の密度で除すことによって得られます(単位は [m2/s])。次回は、「第2章 物質の性質(2)」についてご説明したいと思います。
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2.3 比熱,2.4 熱伝導率
2.3 比熱
比熱 は物質の単位質量あたりの 温度 を 1 K 上昇させるために必要な 熱量 のことで、 [J/(kg・K)] という単位で表されます。
比熱が大きければ、温度を上げるためにはより多くの熱量を与える必要があり、温度を下げるためにはより多くの熱量を放出する必要があります。したがって、比熱が大きいということは温まりにくく冷めにくい性質を持っているということになります。
例えば、鉄のフライパンと土鍋をそれぞれ火にかけたとします。すると、鉄のフライパンはすぐに温まりますが、土鍋はなかなか温まりません。
また、火を消すと鉄のフライパンは比較的すぐに冷えますが、土鍋はなかなか冷えません。
これらの違いは鉄よりも土鍋の比熱が大きいことによるものです。なお、比熱の値に物体の質量を掛けたものを 熱容量 (単位は [J/K] )と呼び、その物体の温度を 1 K 上昇させるために必要な熱量を表しています。
2.4 熱伝導率
物体に温度差がある場合、熱は温度の高いところから低いところへと伝わります。 熱伝導率 はこのときの熱の伝わりやすさを表す値で、単位は [W/(m・K)] です。
例えば、温かい飲み物が入った缶とペットボトルがあったとします。それぞれを手に取ってみると、容器の中に入っている飲み物の温度が同じであったとしても、缶のほうが熱く感じます。これは、ペットボトルの熱伝導率よりも缶の熱伝導率のほうが高く、より多くの熱を伝えるためです。
熱伝導率は一般的に 気体 < 液体 < 固体 の順で大きくなり、特に金属の固体で大きな値となります。また、空気の熱伝導率は非常に低い値であり、複層ガラスなどは空気のこのような性質を利用した製品となっています。
次回は、「第3章 流れの基礎(1)」についてご説明したいと思います。
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3.1.1 速度と速さ、流量,3.1.2 圧力
第3章では流れの基礎として、流れの表現方法と流れの性質について取り上げます。なお、本章でもすべての単位は SI 単位系に準じています。
3.1 流れの表現
流れとは流体の動きのことです。多くの場合、流れの様子は直接目で見ることができません。そのため、何らかの形で流れを表現することが必要になります。ここでは、流れの表現方法について代表的なものをご紹介します。それぞれの表現が何を表しているのかをイメージしながら読んでみてください。
3.1.1 速度と速さ、流量
速度 や 速さ は単位時間あたりに流体が移動する距離のことで、単位は [m/s] です。"速度" や " 流速 " という場合には移動距離と進む方向を考えます。このように大きさと向きを持つ量を ベクトル と呼びます。これに対して、"速さ" や "流速の大きさ" という場合には移動距離のみを考えます。このように大きさのみを持つ量は スカラー と呼ばれます。
例えば、単に "風速 5 m/s" という場合にはスカラーですが、"北風 5 m/s" という場合には向きの概念が含まれているのでベクトルになります。図3.1のように5 m/s で吹く北風と南風を例にとって考えてみます。速さの場合には、速度の大きさのみを考えるため、両者は 5 m/s で等しくなります。ところが、速度の場合には向きも考えるため、風向の違うこれらの風は異なるものとなります。
流量 はある断面を単位時間あたりに通過する流体の体積のことで、単位は [m3/s] です。 体積流量 とも呼ばれ、流れが通過する面の面積と面に垂直な流れの速さの積によって求められます。これに対して、単位時間あたりに通過する質量は 質量流量 と呼ばれます。質量流量の単位は [kg/s] で、体積流量と流体の 密度 の積として求められます。
3.1.2 圧力
圧力 は単位面積あたりに作用する力のことで、単位は [Pa] です。圧力の値にその圧力が作用する面の面積を掛けると力(単位は [N])となります。地上における標準大気圧は 101,325 Pa になりますが、これは 1 m2 の面積に約 10 t の物体が置かれている状態に相当します。
次回は、「第3章 流れの基礎(2)」についてご説明したいと思います。
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3.1.3 流線と流脈線、流跡線
3.1.3 流線と流脈線、流跡線
流れ をより直観的に表したものに流線や流脈線、流跡線があります。
流線 はある瞬間における流速ベクトルを滑らかに結んだ線のことです。ある瞬間における流れのスナップショットと言えるでしょう。
流脈線 は空間中のある点を通過した流体粒子を連ねてできる曲線のことです。煙突から出た煙の軌跡がこれに相当します。
流跡線 はある流体粒子がたどる軌跡のことです。例えば、空気中に風船を浮かべたときにその風船がたどる軌跡のようなイメージです。
流れに時間変化がない場合(このような流れは 定常 流れと呼ばれます)には流線と流脈線、流跡線は完全に一致します。ところが流れに時間変化がある場合(このような流れは 非定常 流れと呼ばれます)にはこれらは異なる結果になることに注意が必要です。
例えば、ある時刻から10秒間南向きの風が吹き、その後10秒間東向きの風が吹いたとします。このときに流線と流脈線、流跡線がどのように異なるかを見てみたいと思います。
流線の場合、それまでの流れには関係なくその瞬間の流速ベクトルによって線が決まります。そのため、最初の10秒間では一様に南向き、その後の10秒間では一様に東向きの線となります。
流脈線の場合、最初の10秒間は南向きに直進します。その後、流れが東向きに変わると、それまでに描かれていた線もこれから描かれる線も東向きに動き出すため、20秒後には以下の右図のように折れ曲がった線となります。
流跡線の場合、同じく最初の10秒間は南向きに直進します。その後、風向きが東向きに変わると、その地点から先の動きが東向きへ変わります。そのため、20秒後の結果は以下の右図のように折れ曲がった線になります。
図3.9 流跡線の例解析や実験の結果を可視化する場合には、表現の違いによって結果が異なることをよく理解しておくことが重要です。
次回は、「第3章 流れの基礎(3)」についてご説明したいと思います。
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3.2.1 圧縮性と非圧縮性
3.2 流れの性質
ここでは、 流れ の代表的な性質をご紹介します。流れの性質が異なると、解析における流れの取り扱いが変わる場合があります。また、得られた結果が妥当かどうかを判断する上でも非常に重要となりますので、解析対象の流れはいずれに当てはまるのかということも考えながら読んでみてください。
3.2.1 圧縮性と非圧縮性
流体 は圧縮・膨張する性質を持っていますが、この影響を無視できない流体のことを 圧縮性流体 と呼びます。図3.10のようにシリンダーに入った圧縮性流体を考えた場合、ピストンが移動すると、それに合わせて流体の体積が変化します。ただし、系全体の質量は変化しません。そのため、体積が変化した分だけ流体の 密度 が変化することになります。
一方、圧縮や膨張の影響を無視できる流体のことを 非圧縮性流体 と呼びます。非圧縮性流体では流体の体積は変化せず、密度は常に一定であるとして扱われます。図3.11のようにシリンダーに入った非圧縮性流体を考えた場合、流体そのものの体積は変化しないため、ピストンが下がって系の体積が減少した場合にはその分だけ流体が流出し、逆にピストンが上がって系の体積が増加した場合にはその分だけ流体が流入しなければいけません。厳密な意味での非圧縮性流体は存在しませんが、 圧力 や 温度 による密度変化が小さい場合には非圧縮性流体として近似することによって、その取扱いを大きく簡略化することができます。
圧縮性の影響の大小は マッハ数 M( 流速 と 音速 の比)によって整理することができ、M < 約0.3の場合に非圧縮性として扱うことができます。例えば、20 ℃ の空気中では音速は約 340 m/s になるため、空気では流速が約 100 m/s 以上の場合に圧縮性を考慮したほうがよいことがわかります。
また、大きな温度変化を生じる場合にも、体積の膨張や圧縮によって密度が大きく変化するため、圧縮性流体として扱われることがあります。なお、水などの液体は圧力などによる密度変化が極めて小さいため、常に非圧縮性流体として扱われます。次回は、「第3章 流れの基礎(4)」についてご説明したいと思います。
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3.2.2 定常と非定常,3.2.3 ベルヌーイの定理
3.2.2 定常と非定常
図3.12に示すように、容器に水を注いでいる状態を考えてみます。最初、容器の水位は (a) のように時間の経過とともに高くなりますが、あるところまで水位が上昇すると、(b) のように注水量と排水量がつり合い、水位が一定となります。
(a) のように時間経過とともに変化する状態のことを 非定常 状態と呼びます。一方、(b) のように時間に関係なく水位が一定となった状態のことを 定常 状態と呼びます。 熱流体解析 を行う場合には、このいずれの状態を求めるのかをあらかじめ選択しておく必要があります。
定常解析では定常状態のみが求められ、定常状態へと向かう過程については予測することができません。計算を途中で打ち切った場合には、結果が物理的な意味を持たないことに注意が必要です。
一方、非定常解析では短い時間に区切って、ある瞬間の状態から次の瞬間の現象を求めるという手順を繰り返します。そのため、現象の時間経過を得ることができます。なお、非定常解析でも十分長い時間解析を行うことで定常状態を求められますが、一般的には非定常解析よりも定常解析のほうが短時間で結果を得られるため、定常状態のみに関心がある場合には定常解析を選択します。3.2.3 ベルヌーイの定理
流体 の 密度 を ρ、流速 を v とした場合に ρv2 / 2 は 圧力 と同じ単位となります。これは 流れ が持つ運動エネルギーを表しており、 動圧 と呼ばれます。これに対して、3.1.2節で述べた大気圧のように面に作用する力は 静圧 、動圧と静圧の和は 全圧 と呼ばれます。
流体に 粘性 がなく体積も変化しない場合(このような流体を 理想流体 といいます)には、流れが時間的に変化しなければある経路上の全圧の値は一定値となります。これを ベルヌーイの定理 といい、流体のエネルギー保存則を表しています(ただし、現実の流れでは粘性によるエネルギー損失が生じるため、全圧は流れの方向に減少します)。
例えば、図3.13の断面Aと断面Bを比較すると、ベルヌーイの定理より両断面で全圧は等しくなります。このとき、断面積が大きい断面Aのほうが、流速が小さいため、動圧は断面A < 断面B となり、静圧については逆の関係 断面A > 断面B が成り立ちます。
イメージしづらいかもしれませんので、最後に簡単な実験をご紹介します。図3.14のように2つの風船を用意し、その間に息を強く吹きかけてみてください。上手くいくと2つの風船がくっつきます。これはベルヌーイの定理によって流れが速い部分では圧力が低くなることによるものです。興味がある方はぜひ試してみてください。
次回は、「第3章 流れの基礎(5)」についてご説明したいと思います。
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3.2.4 層流と乱流
3.2.4 層流と乱流
流れ には層流と乱流という2つの状態があります。 層流 は 流体 が規則正しく運動している流れのことです。それに対して流体が不規則に運動している乱れた流れは 乱流 と呼ばれます。
身近な例としては図3.15のように、水道の蛇口から流れ出る水が挙げられます。水道のバルブを少しだけ開いたときには (a) のように水はまっすぐに流れ落ちますが、バルブの開度を大きくするにつれて、次第に液面が波打ち、(b) のような乱れた流れへと変化していきます。前者の流れが層流、後者の流れが乱流に相当します。
層流と乱流の明確な区別は1883年、イギリスの科学者オズボーン・レイノルズ(Osborne Reynolds, 1842-1912)の実験によってなされました。今日では レイノルズの実験 として知られるこの実験では、図3.16のように水が流れる円管内にインクを注入して流れの可視化が行われました。その結果、 流速 が小さいときにはインクは (a) のようにほぼ一本の直線状となって下流へ流れ、層流となりますが、流速が大きくなるとインクは (b) のように途中で乱れて円管全体に拡散され、乱流となることがわかりました。
レイノルズはこの実験から、流れが層流になるか、乱流になるかは レイノルズ数 という 無次元数 によって整理されることを見出だしました。 代表長さ (円管では内径)を L、 代表流速 (円管では断面平均流速)を U、 流体 の 密度 および 粘性係数 をそれぞれ ρ と μ とすると、レイノルズ数 Re は以下の式によって定義されます。
レイノルズ数は分母が粘性力、分子が慣性力を表しており、流れにおける両者の相対的な影響力を示しています。幾何学的に相似な2つの流れで両者のレイノルズ数が同じであれば、粘性力と慣性力の割合が等しいことから、2つの流れは本質的に等しくなります。このことは レイノルズの相似則 と呼ばれます。
例えば、図3.17のように50 km/h で走行する自動車の周りの空気の流れを 1/2の大きさの模型を使った風洞実験で再現したい場合には風速を2倍、すなわち 100 km/h とすればよいことがわかります(ただし、厳密には地面を同じ速度で動かす必要があるため、実車と風洞実験を完全に一致させることは容易ではありません)。
レイノルズ数の定義式からもわかるように、流体の粘性係数が大きい場合や流速が小さい場合には粘性力が支配的となるため、レイノルズ数は低く、流れは層流となります。一方、流体の粘性係数が小さい場合や流速が大きい場合には慣性力が支配的となるため、レイノルズ数は高く、流れは乱流となります。
なお、流れの状態が層流から乱流に 遷移 するレイノルズ数は円管内の流れの場合、2,000 ~ 4,000 程度というのが一つの目安になります。しかし、この値は流れの状態や条件などによって大きく異なるため、あくまでも目安ということに注意してください。
それでは、最後に身の回りで見られる流れが層流か乱流かを考えてみたいと思います。図3.18に示すように自転車が走っている状態を考えてみます。
周りにある流体は空気であるとして、レイノルズ数を計算してみます。
この結果、レイノルズ数は約40万となり、先ほど目安として紹介した2,000を大きく上回っていることがわかります。この結果からも想像できるように、身近に見られる流れの多くは乱流となります。
乱流には抵抗や騒音を増大させてしまうデメリットもありますが、一方で熱伝達や混合を促進するというメリットも兼ね備えています。そのため、製品の設計にあたっては乱流を適切に制御することが重要となります。次回は、「第4章 熱の基礎(1)」についてご説明したいと思います。
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4.1 温度と熱,4.2 浮力,4.3 自然対流と強制対流
第4章 熱の基礎(1)
第4章では熱の基礎として、温度と熱、浮力、自然対流と強制対流、熱の伝わり方の4つの項目について取り上げます。本章でもすべての単位は SI 単位系 に準じています。
4.1 温度と熱
温度 とは寒暖の度合いを数値で表したものであり、単位には [℃] や [K] などが用いられます。 単位が [℃] で表現される温度は 摂氏温度 、[K] で表現される温度は 絶対温度 と呼ばれます。両者の1度は同じ温度差を表しますが、それぞれ基準となる温度が異なっており
の関係が成り立ちます。例えば、0 ℃ は 273.15 K と等しくなります。
物質は温度に応じた内部エネルギーを持っており、熱はこのエネルギーの形態の一つです。 熱 が流入するとその分温度が上がり、逆に熱が流出すると温度が下がります。熱量は [J] という単位で表わされ、単位時間あたりの熱量という場合には単位として [W] が用いられます。
例えば、冬場の部屋を考えたとき、図4.1のようにヒーターをつけると部屋の温度が上昇します。これはヒーターから部屋の中の空気に熱が伝わり、空気の温度が上昇するためです。
一方、図4.2のようにヒーターを止めると、部屋の温度が低下します。これは室内の空気から室外へと熱が伝わり、空気の温度が低下するためです。
熱は温度が高いところから低いところへ伝わる性質があり、温度差のある物体同士を接触させると温度はやがて等しくなります。
4.2 浮力
物質の温度が上昇すると、物質を構成する分子(原子)は活発に運動するようになります。その結果、多くの物質では温度の上昇に伴って体積が大きくなり、 密度 が小さくなります。
流体 が温められた場合には、密度差によって重力とは逆向きの力が発生します。この力を 浮力 といいます。図4.3の熱気球は浮力を利用した代表的な例といえます。
なお、 圧縮性流体 では浮力を厳密に扱うことができますが、 非圧縮性流体 では流体の体積変化を考慮することができません。そのため、浮力を温度差に比例する力で近似することによって表現します。この近似を ブシネスク近似 と呼びます。ただし、温度差が非常に大きい場合には近似による誤差が大きくなるため、注意が必要です。
4.3 自然対流と強制対流
流体 の 流れ はその駆動方法によって、自然対流と強制対流という2種類の流れに分類することができます。
自然対流 はファンやポンプなどの流れを駆動する要因がなく、流体の温度差で生じる浮力によってのみ駆動される流れのことです。それに対して 強制対流 は、ファンやポンプなどの外部的な要因によって駆動される流れのことを指します。
例えば、図4.4のように水を入れた容器を加熱すると、時間経過とともに (a) のように温まった水が浮力によって底から対流し始めます。これが自然対流です。一方、(b) のように容器に入った水を棒でかき混ぜた場合には、流れが外部的な要因によって駆動されていることになるため強制対流となります。
図4.4 自然対流と強制対流強制対流の場合には、ファンなどによって駆動された流れが持つ慣性力と比較して、浮力の影響はそれほど大きくないため、浮力の影響を考慮しなくてもよい場合があります。ところが、自然対流のみの流れや強制対流と自然対流が混在している流れの場合には、浮力による影響が無視できないため、浮力を考慮する必要があります。
次回は、「第4章 熱の基礎(2)」についてご説明したいと思います。
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4.4.1 熱伝導,4.4.2 対流熱伝達
4.4 熱の移動形態
熱 の移動形態には熱伝導、対流熱伝達、輻射の3種類があります。図4.5に示した部屋の様子を例に取ると、床に接している部分で床暖房の暖かさを感じるのは熱伝導、エアコンの暖房で吹き出す風を暖かく感じるのは対流熱伝達、目の前のストーブを暖かく感じるのは輻射によって熱が伝わるためです。以下ではそれぞれについて、もう少し詳しく説明していきたいと思います。
4.4.1 熱伝導
物体内の 温度 が均一ではないときには、物質を構成する原子や分子(金属の場合には自由電子も含まれます)の運動によって、高温の領域から低温の領域へ熱移動が生じます。このような熱の伝わり方を 熱伝導 と呼びます。
例えば、図4.6のように温かいお茶の入った缶を持つと熱く感じますが、これは缶の中のお茶と缶を持つ手の間に生じた温度差によって、缶を介した熱伝導が生じるためです。
温度勾配が同じ場合、熱伝導によって運ばれる熱量は 熱伝導率 が大きいほど多くなります。
また、熱伝導は物質の移動を伴わずに熱の移動が生じる現象であり、 固体 に限らず 気体 や 液体 などの 流体 でも起こります。4.4.2 対流熱伝達
熱伝導では物質そのものは移動せずに熱が伝わりましたが、物質が流体の場合には 流れ によっても熱が輸送されます。このような熱の伝わり方を対流熱伝達と呼びます。 対流熱伝達 では熱伝導に比べて多くの熱を伝えることが可能です。
例えば、図4.7のように水を入れた容器を加熱したときに、加熱されている容器の底と水の接触面付近では熱は熱伝導によって伝わります。これに加えて、加熱された水は 浮力 によって上昇するため対流が生じ、流れによっても熱が運ばれます。
固体表面と流体との間で対流熱伝達によって輸送される熱量は 熱伝達係数 によって表現されます。熱伝達係数は流体の種類や流れの状態、物体形状などによって変化し、この値が大きいほどよく熱を伝えます。
一般的には、流体の熱伝導率が大きいほど熱伝達係数は大きくなります。そのため、気体と液体を比較すると液体の熱伝達係数のほうが大きくなります。
例えば 100 ℃ のサウナに入ることはできても、100 ℃ のお風呂には入ることはできません。これは空気より水の熱伝達係数のほうが大きく、熱を伝えやすいため、熱く感じてしまうからです。
また、伝熱面近傍における 流速 が大きいほど熱伝達係数が大きくなります。そのため、自然対流と強制対流を比較すると強制対流の熱伝達係数のほうが大きくなります。夏に扇風機の風を強くしたほうがより涼しく感じるのはそのためです。次回は、「第4章 熱の基礎(3)」についてご説明したいと思います。
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4.4.3 輻射
4.4.3 輻射
物質を構成する分子や原子は運動するときに内部エネルギーの一部を電磁波の形で放出します。逆に分子や原子は電磁波を受け取ると、そのエネルギーを吸収し内部エネルギーに変換する性質を持っています。このような電磁波を介した 熱 の伝わり方を 輻射 (もしくは 放射 )と呼びます。
熱伝導 や 対流熱伝達 では熱を伝える何らかの物質が必要となりますが、輻射はこれらとは異なり何も媒介する物質がなくても熱が伝わります。そのため、宇宙などの真空中であっても熱が伝わります。
例えば、図4.8のように天気の良い日であれば、日がよく当たる家の屋根や道路は気温より高温になりますが、これは太陽から放出された電磁波が宇宙空間や大気中を経て屋根や道路の表面を直接温めているためです。
物体が輻射によってエネルギーを吸収もしくは放出する割合は 輻射率 というパラメータによって表現されます。輻射率は 0 ~ 1 の値を取り、この値が高いほど、輻射によって放出もしくは吸収されるエネルギーが大きくなります。輻射率の値は物体表面の材質や色などによって異なる値を示しますが、一般的には、黒い色の物体などでは高い値、白い色の物体やよく磨かれた金属面などでは低い値となります。
また、もう一つ重要なパラメータとして 形態係数 があります。これは2つの伝熱面の幾何学的形状によって定まるパラメータで 0 ~ 1 の値を取ります。形態係数は一方の面から放出されたエネルギーがもう一方の面に到達する割合を示したもので、わかりやすい表現に言い換えれば、輻射によって熱移動が生じる相手の面がどの程度見えるのかを示したものとなります。例えば、2面間で相手が完全に見える場合は1、全く見えない場合には0となります。
図4.9に示す例で考えると、面1からはどの方向を向いても面2を見ることができます(青線)。そのため、面1から面2への形態係数は1となります。一方、面2から面1を見るときには向きによって面1が見える場合(赤実線)と見えない場合(赤破線)があります。そのため、面2から面1への形態係数は1未満の値となります。このように2つの面の関係において、必ずしも相互に同じ値を取らないということに注意してください。
輻射による熱移動量は2つの面の輻射率が高く、形態係数が大きいほど大きくなります。
次回は、「第5章 熱流体解析の基礎(1)」についてご説明したいと思います。
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5.1 基礎方程式と離散化
第5章では、熱流体解析 の基本的な考え方や解析の流れについてご紹介します。
5.1 基礎方程式と離散化
流体 や 熱 の移動現象は微分方程式によって記述されます。以降では 非圧縮性流体 について考えることにすると、方程式として以下のものが挙げられます。
- ナビエ・ストークス方程式 (運動量保存式 )
- 連続の式
- エネルギー保存式
ナビエ・ストークス方程式と連続の式は流体の運動、エネルギー保存式は熱の移動現象を記述した方程式です。これらの方程式は熱流体解析における基礎となるもので、 基礎方程式 (または 支配方程式 )と呼ばれます。
基礎方程式を理論的に解くことができれば、即座に 流れ や 温度 の分布が得られますが、現在のところ、限られた場合を除いてこれらの方程式の理論解は得られていません。 そこで登場するのが、基礎方程式をコンピュータによって数値的に解く熱流体解析ということになります。しかし、このときに問題となるのが、コンピュータは連続した値を扱うことができないということです。
このことは電卓をイメージするとわかりやすいかもしれません。
例えば、y = x + 1 という関数を考えると、電卓ではx = 1 のとき y = 1 + 1 = 2
x = 2 のとき y = 2 + 1 = 3
x = 3 のとき y = 3 + 1 = 4
:
:というように入力した数値に対応する計算結果を求めることはできますが、
連続した関数を元の形のままで扱うことはできません。
そのため、基礎方程式を離散的な値を使った表現に書き換える必要があります。このことを 離散化 といいます。
イメージを掴むために天気を例にとって考えてみます。天気も連続的に変化するため、このままではコンピュータで扱うことができません。
そこで、コンピュータで扱えるように天気を考える地点を決め、ある場所の天気とその周囲の天気の関係を求めます。この関係を導き出す作業が離散化に当たります。例えば離散化の結果、ある地点の天気は周囲の天気の平均で与えられる、という関係が得られたとすると、横浜の天気が晴れで、大宮の天気が雨の場合には、コンピュータでその平均をとることによって東京の天気がくもりと求められるわけです。
上の例では平均で考えましたが、熱流体解析ではもう少し複雑な方法で周囲の情報との関係を導き出します。このときに用いられる離散化方法にはいくつかありますが、代表的なものとして、次のような方法があります。
- 有限差分法 (Finite Difference Method: FDM) ※ 単に 差分法 と呼ばれる場合もあります
- 有限体積法 (Finite Volume Method: FVM)
- 有限要素法 (Finite Element Method: FEM)
多くの商用の熱流体解析ソフトウェアでは、有限体積法に基づいた離散化が用いられています(有限体積法については次節で説明します)。基礎方程式は微分方程式ですが、離散化を行うことによって、隣り合う空間どうしの関係を代数方程式(四則演算で記述される方程式)で表現できるようになります。
ビルや車などの周りに生じる風の流れや室内の温度分布といった現象を熱流体解析によって再現するためには、まず空間を 要素 とよばれる小さな領域に分割し、上記のような方法で離散化された基礎方程式を適切な 境界条件 や 初期条件 のもとで解く必要があります。その結果として、ナビエ・ストークス方程式と連続の式からは 流速 と 圧力 、エネルギー保存式からは温度が得られます。次回は、「第5章 熱流体解析の基礎(2)」についてご説明したいと思います。
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5.2 有限体積法
5.2 有限体積法
有限体積法(Finite Volume Method: FVM) は、分割されたそれぞれの空間において、流入量と流出量の差から空間に蓄えられる物理量を考え、解を求める方法です。
イメージをつかむために、図5.4のような容器に水を注いでいる状態を考えてみます。ある時間の間に溜まる水の量(変化量)は流入量と流出量の差から求められます。溜まった水の量がわかれば、そこから水位がどのくらい変化するかを知ることができます。この水位の変化が求める量に相当します。
実際の解析では対象を複数の空間で分割するため、図5.5のように容器がいくつもつながっているような状態になります。
そのため、容器から流出する量は隣の容器に流入する量と等しくなります。
上の例では、
1 からの流出量 = 2 への流入量
2 からの流出量 = 3 への流入量
:
:
n-1 からの流出量 = n への流入量となります。
イメージをつかんだところで、もう少し具体的に見ていきたいと思います。 エネルギー保存式 から 温度 を求める場合には、 熱伝導 や 対流熱伝達 などによって空間に流入した 熱量 と空間から流出した熱量を考え、蓄えられた熱量から温度変化を求めます。
このような熱量の出入りが分割された各空間について計算され、最終的にそれぞれの空間における温度が求められます。
図5.7には左端が高温、右端が低温となる場合の例を示しています。低温状態からスタートすると、始めた直後は各空間に流入する熱量のほうが多いため、左側から徐々に温度が上がっていきます。そして、十分時間が経過すると一番下の図のように各空間に出入りする熱量がつりあい、温度が変化しない状態( 定常状態 )となります。
この状態は図5.5に置き換えると、全ての容器における流入量と流出量がつりあった状態(水位が変化しない状態)に相当します。流れ についても基本的な考え方は同じですが、流入する運動量と流出した運動量のほかに、 粘性 による作用、 圧力 による作用を考えて流速変化を求めます。
ただし、圧力だけは 基礎方程式 が存在しないため求め方が異なります。
圧力の求め方にはいくつかの方法がありますが、仮の圧力を使用して 流速 を計算し、その流れが 連続の式 を満たすように圧力を補正するといった方法などが採られます。次回は、「第5章 熱流体解析の基礎(3)」についてご説明したいと思います。
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5.3 解析領域,5.4 空間の分割
5.3 解析領域
例えば、航空機の周りの 流れ を解析することを考えてみます。航空機の周りには空があり、空の周りには宇宙があります。そのため、ありのままの現実を解析しようとすると、解析対象として際限のない空間を考えなければいけません。
ところが、コンピュータで計算を行うことができるのは有限の値であるため、図5.9のように実際の空間を適当なところで切り出して、解析を行う必要があります。この切り出された空間のことを 解析領域 といいます。
解析領域の面は実際に壁が存在するわけではありません。あくまでも計算の都合上作られてしまう面です。そのため、この面が流れに大きな影響を及ぼさないように、対象物から十分離れたところまでを解析領域にする必要があります。例えば、図5.10の悪い例のように流れの一部が解析領域の面にかかってしまうと、破線で示した部分の流れは正しく考慮されず、結果として得られる流れが本来とは異なるものになってしまう場合があります。しかし、解析領域を必要以上に大きく取ってしまうと、計算時間が不必要に長くなってしまうため注意が必要です。
解析領域をどの程度の大きさにするかは慣れも必要な難しい問題ですが、どのような流れになるのかを予測しながら、領域の取り方を考えることが重要です。
5.4 空間の分割方程式を 離散化 すると隣り合う空間どうしの関係が得られます。この関係を実際の計算対象に適用させるためには、解析領域を複数の小さな空間に分割しなければいけません。この分割された個々の空間のことを 要素 や セル と呼び、これらの集合のことを メッシュ や 格子 といいます。
流速 や 温度 などは要素ごとに計算され、それぞれの要素が1つの値を持ちます。そのため、要素内における分布を知ることはできません。図5.11に中央が高温、周囲が低温となる場合の解析例を示しますが、ここからもわかるように要素が大きいほど一つの値で表現される範囲が大きくなり、見ることのできる分布は粗くなります。
一般的に、要素が大きい(要素の数が少ない)場合には、計算回数が少ない分、計算時間は短くなりますが、分布が粗いため計算の精度は低くなります。逆に要素が小さい(要素の数が多い)場合には、計算回数が多い分、計算時間は長くなりますが、計算の精度は上がります。
多くの場合、着目する物体の近くでは流れや温度の変化が激しくなるため小さな要素で、物体から離れたところでは変化が緩やかになるため大きな要素で分割を行います。
要素の分割の仕方には大きく2種類あり、図5.12の左下図に示すように要素が規則的に配置されたものを 構造格子 、右下図のように不規則に配置されたものを 非構造格子 といいます。
それぞれの格子で用いられる代表的な要素の種類を図5.13に示します。
3次元解析の場合、構造格子の要素は6面体で構成されますが、非構造格子では4面体、5面体の要素で構成されます。構造格子では6面体の要素が規則的に配置されているため、要素の配置が容易で、計算速度の点で有利という特徴があります。一方、非構造格子では4面体や5面体の組み合わせで分割を行うため、構造格子と比較して要素の配置が難しいものの、配置の自由度が高く、複雑な形状の表現に適しているという特徴があります。
次回は、「第5章 熱流体解析の基礎(4)」についてご説明したいと思います。
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5.5 境界条件,5.6 初期条件
5.5 境界条件
各要素の値は隣接する 要素 の値を使って計算されます。例えば、図5.14の赤で示した要素の計算を行う場合には、その周囲にある青で示した要素の値が用いられます。
一方、 値を求める要素が図5.15の赤で示した要素のように 解析領域 の端にある場合には隣に要素がないことから、このままでは計算を行うことができません。そのため、解析領域の端では何らかの値を与える必要があります。この値を決定する条件のことを 境界条件 といいます。
熱流体解析 では 流速 や 圧力 、 温度 に対して境界条件を設定する必要があります。例えば、風が入ってくるという場合には境界条件で流速や流入温度を与えます。
境界条件にはいくつかの種類がありますが、代表的なものとして以下の3種類が挙げられます。- ディリクレ境界条件
ディリクレ境界条件は境界面の値を直接指定する条件のことです。『流速 5 m/s』や『圧力 0 Pa』、『温度 20 ℃』といった条件がこのタイプに当たります。
- ノイマン境界条件
ノイマン境界条件は変数の勾配を与える条件です。勾配というと難しく聞こえますが、変化率と同じ意味だと考えてください。『フリースリップ条件』や『断熱条件』などがこのタイプに当たります。
例として断熱条件について考えてみることにします。図5.17 (a) のように温度差があるときには 熱 は温度の高いほうから低いほうへと移動します。このことから断熱、すなわち熱が移動しないようにするためには図5.17 (b) のように温度差がなければよいことがわかります。温度差がないということは温度の勾配(変化率)が0ということと等しいため、断熱条件は温度の勾配が0というノイマン条件で表現できるということになります。
- 周期境界条件
周期境界条件はある2つの面の値が等しくなるという条件です。 流れ や温度の分布に周期性(繰り返し)が予想される場合に用いられます。
図5.18のようなファンを例にとって考えてみます。このファンには等間隔で同じ形の羽根が4枚並んでいるため、それぞれの羽根の周りの流れはほぼ等しくなると考えられます。このような場合には、1枚の羽根を取り出して境界面に周期境界条件を設定することによって、羽根1枚分の計算で羽根が並んで回転している状態に近い状況を再現することができます。
しかし、形状が周期的であっても流れが速い場合などには周期的な流れにならないことがあります。そのような場合には周期境界条件を使用することができないため注意してください。
解析で本来の状況を再現するためには、適切な境界条件を選択することが重要です。
誤った境界条件を設定してしまうと、本来の状況を再現できないばかりではなく、計算の安定性を損ねる原因にもなりかねないため注意が必要です。5.6 初期条件
解析の開始時点における状態を設定する条件を 初期条件 といいます。例えば、解析対象が環境温度 25 ℃ の空間に放置された状態から解析をスタートする場合には、 温度 25 ℃ という初期条件を与えます。
初期条件が特に重要となるのは非定常解析です。図5.19には 20 ℃ の空間に温度が 50 ℃ と100 ℃ の物体を置いたときの例を示しています。図に示したように最初の温度が異なれば、5分後の温度も異なったものになります。このように、初期条件が異なれば非定常解析で得られる途中経過は異なったものとなります。
しかし、いずれの場合にも十分に時間が経てば、物体の温度は周囲の温度と等しい 20 ℃ まで下がります。定常解析で得られる結果は十分時間が経過したあとの状態であるため、定常解析では初期条件に依らず同じ結果が得られます。
ここでは温度を例にとって説明しましたが、他の変数についても同じことがいえます。もし、定常解析で初期条件を変えたときに結果が異なるようであれば、その計算は十分な 定常状態 に達していない可能性が高いといえます。
なお、定常解析であっても定常状態に近い初期条件を設定することで、計算時間を短縮できる場合があります。ある程度結果が予測できる場合にはその値に近い初期条件を設定しておくのもよいでしょう。
次回は、「第5章 熱流体解析の基礎(5)」についてご説明したいと思います。 -
5.7 マトリックス解法
5.7 マトリックス解法
各 要素 の値は隣り合う要素の値を使って表現されます。例えば、図5.20で要素3について考えた場合には以下のような式になります。
上の図は2次元の例なので隣接する要素は上下左右の4つとなりますが、3次元の場合にはさらに前後方向にも隣接する要素があるため隣接する要素は合計で6つとなります。定数の部分には、 流れ の方程式であれば外力、 熱 の方程式であれば発熱量などの値が入ります。
この関係式は要素の数だけ作られます。したがって、要素数が100万であれば、100万元の連立1次方程式を変数の数だけ解かなければいけません。この方程式群は行列形式で表現することができるため、行列の英訳である ”matrix” を使って、方程式の解法をマトリックス解法と呼ぶことがあります。その解法は大きく 直接法 と 反復法 と呼ばれる方法に分けられますが、 熱流体解析 では一般的に反復法が用いられます。
ここでは、説明を簡単にするために2元連立1次方程式について、ヤコビ法という反復法を使った計算手順をご紹介します。以下の方程式について考えてみます。
この連立方程式の解は x = 3, y = 4 となります。
以降の計算をわかりやすくするため、式(1)を以下のように変形します。
これを反復法によって解く場合には、まずに初期値として適当なxとyの値を設定します。ここではxとyの初期値を0として式(2)に代入してみます。
これによって、1回目の解はx = 1, y = 1 と求められます。次にこのxとyの値を再び式(2)に代入します。
そうすると、2回目の解としてx = 1.5, y = 2 が得られ、先ほどのx =1, y = 1 より 厳密解 に近づいたことがわかります。この操作を繰り返していくと結果は以下の表のようになります。
このように繰り返し計算を行っていくことで、xとyの値が連立方程式の解に近づいていくことがわかります。
ここでは説明を簡単にするためにヤコビ法を使いましたが、一般にはより高速な反復法が使用されます。基本的には 反復回数 が多くなるほど厳密解に近い結果が得られますが、厳密解と完全に一致する結果を得ることは難しいことや、多くの問題では厳密解自体がわからないため、実際にはk-1回目と k 回目の計算結果の差が基準値より小さくなったところで計算を打ち切って解とします。この基準値のことを 収束判定 値といいます。収束が十分でない場合には妥当な結果が得られないこともあるため注意が必要です。次回は、「第5章 熱流体解析の基礎(6)」についてご説明したいと思います。
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5.8 時間の進行
5.8 時間の進行
解析には定常解析と非定常解析があります。
定常解析は時間的な変化がなくなった最終的な状態のみを求めようとする解析です。解析に時間の概念はなく、最終的な状態に達する前の途中経過に物理的な意味はありません。あくまで、最終的な状態に達して初めて意味を持つ解析になります。
一方、非定常解析では解析全体を短い時間に区切って、ある瞬間の状態から次の瞬間の現象を求めるという作業を繰り返して解析を進めていきます。現象の途中経過も解くため、計算途中の結果にも物理的な意味があり、最終状態に至るまでの変化の様子を知ることができます。このときのある瞬間から次の瞬間までの時間のことを 時間間隔 といいます。一定時間の解析を行う場合には時間間隔の値を大きくするほど繰り返し回数を少なくできるため、計算を高速に進めることができますが、その分予測の精度は低下します。そのため、非定常解析では適切な時間間隔を設定することが重要となります。
例えば、今から1日後の天気を予測するのと、1週間後の天気を予測するのとどちらの精度が高いということを考えると、時間間隔が大きいほど精度が下がることがイメージしやすいと思います。
時間間隔の設定を行う際の目安として以下の式で定義される クーラン数 と呼ばれるパラメータがあります。
ここで、Cはクーラン数、uは 流速 、Δtは時間間隔、ΔLは 要素 幅を表しています。
この値は1タイムステップ、すなわち設定された時間間隔が経過する間に、 流れ が要素いくつ分進むかということを示しています。
例えば、クーラン数が1であれば、図5.22の上図のようにある地点の流れは次の瞬間にはその隣の要素に進みます。そのため、メッシュ本来の解析精度を得ることができます。
それに対して、クーラン数が10であれば、図5.22の下図のように流れは次の瞬間に要素10個分進むことになり、その間の9つの要素を素通りすることになります。そのため、10倍粗いメッシュでクーラン数を1とした場合と同程度の解析精度しか得られないということになってしまいます。
クーラン数は各要素の大きさとその要素における流速の大きさに依存して決まります。そのため、同じ流速であっても要素幅が小さい場所や、同じ要素幅でも流速が大きい場所ではクーラン数は大きくなります。多くの場合、解析対象の要素幅や流速の大きさは場所によって異なるため、クーラン数の値は場所によってまちまちの値となります。解析に要する時間も踏まえながら、最大となるクーラン数ができるだけ小さな値となるような時間間隔を設定することが重要です。
次回は、「第5章 熱流体解析の基礎(7)」についてご説明したいと思います。 -
5.9.1 レイノルズ平均モデル(RANS), 5.9.2 ラージエディシミュレーション(LES)
5.9 乱流解析
3.2.4 層流と乱流 で述べたように現実に見られる 流れ の多くは 乱流 となります。図5.23はその乱流のイメージを示したものです。一度発生した 渦 は分裂を繰り返し、より小さなスケールの渦へと変化していきます。そして、最終的に 粘性 によって熱エネルギーとなって消滅します。この過程によって流れ場には大小さまざまなスケールの渦が存在し、これらの渦によって流れや 温度 の分布が影響を受けます。
乱流解析の手法はスケールの異なるこれらの渦の取り扱い方によって、大きく次の3種類に分類することができます。
- レイノルズ平均モデル(RANS)
- ラージエディシミュレーション(LES)
- 直接数値シミュレーション(DNS)
以降では、これらの手法について簡単に説明していきます。
5.9.1 レイノルズ平均モデル(Reynolds Averaged Navier-Stokes: RANS)
流れを問題とする場合、工学的に重要なものは平均的な流れや温度の分布、あるいは物体に掛かる力の平均値などであることが大半です。そこで図5.24のように本来は非定常な現象である乱流現象の時間平均を調べる方法が考えられます。この平均化操作を レイノルズ平均 と呼びます。
レイノルズ平均を施した方程式に基づいて平均的な流れのみを求める方法を ナビエ・ストークス方程式 のレイノルズ平均( Reynolds Averaged Navier-Stokes )の頭文字をとって、 RANS (ランズ)といいます。
レイノルズ平均を取った 支配方程式 には乱れの影響を示す レイノルズ応力 と呼ばれる項が含まれます。この項は平均流に対する乱れの効果を表していますが、平均化された方程式のみでは レイノルズ応力を求めることができないため、レイノルズ応力を表現するために何らかの近似を行う必要があります。この近似に用いられるものが一般的に 乱流モデル と呼ばれるもので、代表的なものとして標準k-εモデルなどがあります。
この方法では、 カルマン渦 のように非定常的な渦放出を伴う流れなど、平均流では評価できない流れ場の時間的な変化や乱流渦の構造などを表現することはできませんが、前述の3つの方法の中では最も計算負荷が低いことから、実用計算では数多く使用されています。5.9.2 ラージエディシミュレーション(Large Eddy Simulation: LES)
小さな渦よりも大きな渦の方がより多くのエネルギーを持っているため、相対的に大きな渦のほうが流れ場に与える影響が大きいと考えられます。そこで基礎方程式に空間的なフィルターをかけ、フィルターのスケール以上の渦についてはモデル化を行わずに直接解き、それ以下の小さな渦の影響についてはモデル化して表現することが考えられます。簡単に言えば メッシュ のサイズに応じて渦をふるいにかけ、ふるいにかかったものを直接解くようなイメージです。このような方法を ラージエディシミュレーション(Large Eddy Simulation) の頭文字を取って LES (エルイーエス)といいます。
一般的にフィルターのサイズはメッシュ幅程度とされるため、直接計算される大きなスケールのことは グリッドスケール (grid scale, GS)、モデル化される小さなスケールのことは サブグリッドスケール (subgrid scale, SGS)と呼ばれます。
メッシュ幅が小さいほどモデル化される度合いが小さくなるため、計算負荷は大きくなりますが、より現実に近い結果を得られる可能性が高いといえます。
次回は、「第5章 熱流体解析の基礎(8)」についてご説明したいと思います。 -
5.9.3 直接数値シミュレーション
5.9.3 直接数値シミュレーション(Direct Numerical Simulation: DNS)
乱流 の解析を行うときに一番シンプルで厳密な方法は 基礎方程式 に対して一切のモデル化を行わずにそのまま解析を行うことです。このような方法を 直接数値シミュレーション(Direct Numerical Simulation) の頭文字をとって DNS (ディーエヌエス)といいます。
原理的には最もシンプルですが、DNSによって流れを正確に解くためには、分裂を繰り返してできる最小スケールの 渦 を解像できるほどの極めて細かい メッシュ を用いる必要があります。この最小の渦スケールは コルモゴロフスケール と呼ばれ、粘性の大きさによって決まります。 粘性 の影響が小さい レイノルズ数 の大きい流れほど最小の渦スケールは小さくなり、解析に必要なメッシュ数も多くなります。3次元のDNSで必要となるメッシュ数の目安は以下の式によって知ることができます。
ここでNはメッシュ数、Reはレイノルズ数を表しています。この式をいくつかの流れに当てはめてみると図5.26のようになります。
この結果から比較的レイノルズ数が低い流れであっても数千億以上の規模のメッシュが必要となることがわかります。
このように2014年現在のコンピュータの演算速度と記憶容量では計算規模の観点からDNSを行うことは容易ではありません。そのため、DNSの多くは研究目的で使用され、ほとんどの場合、実用計算では前述した RANS や LES によるモデル化が用いられます。
終わりに本連載では19回にわたって熱流体解析( Computational Fluid Dynamics: CFD )に関する用語や基礎となる考え方について説明をさせていただきました。拙い文章のコラムに最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
近年の計算手法の発達やコンピュータ性能の急速な進歩の影響もあり、熱流体解析ソフトウェアは設計・製造プロセスにおいてなくてはならないツールの一つになりつつあります。そして、それに伴い業務で熱流体解析に携わる方も増えてきています。熱流体解析ソフトウェアを使いこなすことは決して簡単ではありませんが、この連載の内容が読んでいただいた皆様にとって、熱流体解析に対するハードルを下げる一つのきっかけになれば幸いです。
著者プロフィール
上山 篤史 | 1983年9月 兵庫県生まれ
大阪大学大学院 工学研究科 機械工学専攻 博士後期課程修了
博士(工学)
学生時代は流体・構造連成問題に対する計算手法の研究に従事。入社後は、ソフトウェアクレイドル技術部コンサルティングエンジニアとして、既存ユーザーの技術サポートやセミナー、トレーニング業務などを担当。
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